はいいろオオカミ+花屋 西別府商店
森の小さな灯オンラインカタログ 2023AW

森の小さな灯の[オンラインカタログ]が2023秋冬verに更新されました。

 

 

森の小さな灯 [オンラインカタログ 2023AW]

 

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植物と古道具

はいいろオオカミ+花屋西別府商店

 

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The [online catalog] of the Firefly hiding in a plants has been updated to the fall/winter 2023 ver.

 

Firefly hiding in a plants [Online Catalog 2023AW]

 

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Antiques & Flowers

Haiiro Ookami & Hanaya Nishibeppu sho-ten

 

 

 

「小さな」シリーズ - -
森のオクリモノ

はいいろオオカミ+花屋西別府商店 × annabelle

オリジナル作品 第6作目

 

 

森のオクリモノ

 

父親譲りのわたしは、あまり上手に笑うことができなかった。
母の大切にしていたブローチを譲り受けた時も、その嬉しさを他所に、ぎこちない「ありがとう」を呟くように発するのが精一杯だった。母はわたしが7歳になる年、ようやく終戦を迎えようとしていた最中に、世界中で流行した疫病のワクチンの副作用のため、記憶を無くしてしまっていた。よく笑うショートカットの似合う母はわたしの憧れでもあったが、もう何年も、あの頃の笑顔を見せていない。

 

「これ・・。」


検査入院の多い母を除くと、我が家には口数の少ない父とわたし、そして最近祖母が他界したことで、一緒に生活を始めることになった、祖父の3人がいる。
ピアノを弾いていた私に、何かを思い出したのか、祖父が1冊のノートを差し出してきた。それは古い時代の記憶の詰まったもので、初めの2〜3ページをめくったあたりで、私の胸が音をたてて驚いた。


「これは誰?お母さん?」珍しく声を張った。
「そうだよ。昔からよく笑う子だった。」


とうとうタバコをやめられずに今に至る祖父は、しゃがれた声で煙混じりに震えるようにそう答えた。自分にそっくりな少女が眩しい笑顔でおもちゃのピアノを弾いている。
そして目を凝らしてみると、モノクロでもこれだとわかる存在感で、胸のあたりで愛想を振りまいているブローチが見える。いざという時には必ず付けていたそうだ。
しばらく自分にそっくりな少女の笑顔に見惚れていると、祖父が昔経営していた国営工場の前で撮影されたらしき集合写真が目に入った。


「これは!?」


ゆっくりとした動作の祖父を少しせかすように聞いてしまった。
若かりし頃の屈強な祖父の隣にいるのがおそらく祖母であろうことはすぐにわかる。聞いたのは、その前列で母の隣に座っている、当時の母よりも少し年上に見える少女だ。
胸には母とよく似た素敵なブローチを付けている。


「これはね、妻の、つまり君のおばあちゃんの姪にあたる子だ。」


祖父の工場を手伝いに来ていたその女の子は、仕事の傍で、自身の先祖が残したという、不思議な遺産の植物のカケラを使い、木箱に装飾を施していたそうだ。ブローチも、その装飾の中の一つで、母はその子が作る物が大好きだったという。
戦況が悪化する中、姪っ子家族とは離れ離れとなり、以降会うことは叶わなかったのだ。

 


陽の光を遮るように木々が生い茂る道に踏み入ると、雨上がりの湿った砂利や、草のこすれる乾いた音が、自身の頭に流れるピアノ曲と協奏し、まるでそこが、不思議な世界への入り口であるかのように思えてきた。

母の記憶が戻ることを期待した祖父が終戦後に何度か訪れたという山中の古い工場跡に、大人になった私は今、立っている。当時、母とあの少女が働いていた作業場からファインダーを覗き、母の記憶を辿るようにシャッターを切っていると、壁に貼り残された1枚の古い写真が目に飛び込んできた。それはいつか見た、かしこまった集合写真の続きにも見える、とびきりの笑顔で映った二人の少女の写真だった。

胸にははっきりとあのブローチが見える。写真を剥がし、裏を返すと、幼い字でメッセージが添えてある。

 

『またきっと会おうね。』

 

決して豊かではなかったはずの時代に残されたその写真からは、最高に幸せな瞬間を感じ取ることができる。埃を払って写真を元に戻し、カメラを向けると、一瞬ファインダーに母の笑顔を感じ取り、「ありがとう」という明るく優しい声が頭の中に響き渡ったのだ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「おばあちゃん!おばあちゃん!!」


気持ちよく揺れ動かされて、一瞬で現実へ引き戻された。
洒落た花屋を開業したわたしの孫から、たまに店番を頼まれるのだが、あまりにも心地の良い空間と音楽に包まれて、昔を思い出しながら、ついつい深い眠りについてしまう。
わたしの昔話を小さな頃から聞かされて育った孫は、様々な空想を巡らせて、面白いブローチを作っている。
「森のオクリモノ」という作品名で。


ー不思議の家系の物語ーAnother  story
「森のオクリモノ」より

 

written by Yohei Isa

 

 

たまプラーザの洋品店「annabelle」さんで毎年開催されているフェア「式典-shikiten-」に合わせて製作していたブローチが、この度、当店のオリジナル作品のラインナップに加わりました。

元々は式典フェアのためにフォーマルな装いに合わせる植物の装飾品をというオーダーで、生花のコサージュから始まった企画が年を重ねるごとにバージョンアップしていき、いまの形になりました。

昨年のannbelleさんでの展示会から作品名を「森のオクリモノ」として、各所展示会にて初めてご覧いただいた方も多かったと思います。

 

そして、今年2021年も2月20日から始まる式典フェアに合わせて「森のオクリモノ」を出展させて頂きます。

 

〜式典〜 shikiten 「ある時代の肖像」

 

会期:2021年2月20日(土)〜28日(日) ※24日水曜日は定休日です

営業時間:11:00〜19:00 ※最終日は18:00まで

場所:annabelle店舗 

横浜市青葉区美しが丘2−20−1−104

 

今回のストーリーはいつもの「小さな〜シリーズ」のアナザーストーリーとして、annabelle 伊佐さんに執筆して頂いたものです。

本展より作品にストーリーリーフレットが付属します。

こちらも合わせてお楽しみください。

 

植物と古道具

はいいろオオカミ+花屋西別府商店

 

 

 

「小さな」シリーズ - -
森の小さな鏡

はいいろオオカミ+花屋 西別府商店

オリジナル作品 第五作目

 

 

森の小さな鏡
  
土を掘り返して出来た小さな穴、そこに猫が踞るように横たわっている。涙で霞んだ視界で眺めるばかりで、何も出来ずにただ茫然としていた私を横目に、彼は手際良くその穴に盛り土をすると優しく声をかけてくれた。
「君のすぐ側にいつも僕はいるよ。それを忘れないでいれば、またすぐに会えるからね。」
彼が言っているのか、私の猫が言っているのか、どこかで聞いたことのある言葉の様な気がしたけれど、私はとても安心して泥の付いた手でそのお墓に向かって小さく十字を切った。私が読み書きをする歳になると、それをどこで聞いた言葉かは、すぐに判明した。なぜなら私はその言葉の書いてあるものを、いつも肌身離さず持ち歩いていたのだから。

 

「先に言っておくけれど、私たちの家系の不思議なお話はこれで最後になるからね。よく聞いておくんだよ。」

 

私は工房に入るなり、細かい木屑を少し吸い込んだのか、小さく咳き込んだ。窓辺の机に向かって小さな木箱に鉋をかけていた叔父が振り返って眼で合図をする。視線の先には届いたばかりの鏡が仕分けもされないまま、無造作に置いてあった。
私はこの国営工場で木箱に鏡を貼り付ける仕事をしていた。
全ての食料品、生活道具までが配給で賄われるこの国では、叔父のこの小さな工房も国営の工場ということになる。
もちろん、全く良い時代ではなかったが、その生活にも少し慣れてきた人々は、与えられた仕事の中で自分を楽しませること、人を楽しませることを忘れないでいた。
隣の工房では配給で配られる木の器に焼き絵を施していたし、私が鏡を貼り付けるこの煙草の箱も鏡など全く不要な代物だったが、そうすることで私の仕事を作ったり、ちょっとでも良いものを作りたいという叔父の気持ちの現れだったのだと思う。
私は工房での配給品製作の傍ら、私たちの家系が残してきた不思議な遺産の数々を後の世に残すための工夫を始めた。
世がこんな状況になっても私はその遺産が物語る不思議な世界のことを信じていたし、私のすぐ側に温かく見守る影の存在をいつも感じていた。
工房の鏡とその遺産を組み合わせる毎日。あるものは小さな美しい森と泉をその鏡に映し、あるものはせっせと花を束ねる小人の姿を、またあるものは空に瞬く天体を映してくれた。

 

「こんな話をしてみたところで、すぐには信じられないと思うから、あなたにもいつかきっと分かるお話をしておかないとね。」

 

いよいよ迫った戦火から逃れるため、私たち家族は遠くの親戚を頼りに疎開をすることになり、急いで荷造りをする中、私は作りかけの鏡をひとつだけ持っていくことが許された。これは完成まであと一歩というところで工房での仕事が無くなり、手を付けられずにいた最後の一枚だった。
何かに導かれる様に難を逃れて旅路を進める中で、私はその鏡をやっとの思いで完成させた。すると、そこには私の顔を覗く、青い瞳の一人の男が映っていた。それは私にしか見ることが出来なかったが、確かに写真でしか見たことのない私の父の姿そのものだった。
生家の地下倉庫にはそれまで作ってきた無数の鏡が今も眠っているはずだ。私が信じて垣間見てきた世界を知ってもらえればと、順番にラベルを付けてメッセージを残してきた。

 

「お誕生日おめでとう。私が持っていたこの最後の一枚は、今日からあなたのものよ。」


森の小さな鏡 - Nadezhda petorovna L. -


いつもあなたの近くに不思議な世界への入り口は存在しています。


あなたにはそれを決して忘れないで、いつまでも過ごして欲しいです。

 

Sense of wonder -不思議の家系の物語-

 

私が昔、祖母にしてもらった話をここまで詳細に再現出来るのは、最近になって祖母の手記が見つかったから。
祖母の語り口を思い出しながら、この手記を原稿にするために、今、私はパソコンの画面に向かっている。
「不思議の家系の物語か。これが全て実話だって、君は信じているかい?」肩越しに彼が声を掛けて来た。いつも私の窮地には彼が側にいてくれた。そして、もし「いいえ。」と答えれば、彼とは二度と会えなくなると、私は随分前から知っている。
向かいの高層ビルのガラスに反射するこのオフィスにも、私の目の前で暗くなったディスプレイの画面の中にも、彼はいない。


祖母から譲ってもらった鏡の中で、満足そうに笑みを浮かべる彼の青い瞳に私は黙って頷いた。

 

 

1日一回は見る日常の道具の鏡、ここに植物があったら、不思議な世界への入り口になるんじゃなか...

そんなことを考えながら製作した5作目のオリジナル作品。

今までの作品製作で培ったものが全て込められています。

ストーリーもいままでのお話を一度、総括する内容となっています。

 

もし良かったら、小さな森から森の小さな灯までのストーリーと合わせてお楽しみください。

 

1作目〜4作目 STORY

 

植物と古道具

はいいろオオカミ+花屋西別府商店

 

 

 

「小さな」シリーズ - -
森の小さな灯

はいいろオオカミ+花屋西別府商店

オリジナル作品 第4作目

 

 

森の小さな灯
 
 
いつもの帰り道 目を凝らすと見えてくる 無数の光の種子


導光は脇に逸れて 水面を渡り 森々へと続いていく


風に舞い 雨に穿たれ それでも 大地に根を張り 芽吹いた光は


やがて 明日を照らす希望となって いつまでも いつまでも


きみを 照らしてくれることを 願う

 

 

私はあの晩、きみと口論をして俯きながら、森の小道を進んでいた。
将来への不安や小さな憤りを抱えて、日が沈みはじめた木々の陰に目を凝
らして足を進めているときだった。
ランプを灯そうと、少し湿気たマッチを擦ることに気をとられていると、
最初はひとつ小さく瞬き、またひとつと増えて草葉の隙間へと小さな光は
広がり、その光は私を導く様に森の中へとぼんやりと続いていった。

今になって思えば不思議なものだが、私は何も疑うことなくその光を夢中
になって追いかけていた。

小川を渡り、沼地を抜けて、私は身体中泥だらけにして、じっとりと水気
を吸って重たくなったブーツを引きずりながらも、森の奥へと進んで行く
と、そこには打捨てられて朽ちはじめた邸宅があり、光はその中へと続い
ていた。
その廃墟に入るのは、さすがに少し気が引けたが、意を決して進んでみる
と、そこには時間と自然が覆い尽くした中庭があり、小さな光をそれぞれ
に宿す、植物の灯が無数に瞬いていた。
私はその光景の美しさに息をすることさえも忘れて、しばらくの間、そこ
に佇んでいた。

きみはきっと、こんな話は信じてくれないと思うけど、私の掌の中には
その小さな光る種子がある。
私はこれから前線へと配属されて、きみへの手紙もこれで最後になるだろ
う。
この「森の小さな灯」の種子と、あの日、きみと口論になって決めること
が出来なかった、私たちの新しく生まれてくる子供の名前をここに記して
送ることにする。未来の平和を信じて。


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「Нада?」
遠くから母が私を呼ぶ声が聴こえている。
光瞬く植物の灯の庭園も私の両親が築いた「不思議な遺産」。
何度も読み返した父から母への手紙を仕舞うと、わたしは腰を上げてふた
つの長く伸びる影の方に向かって歩き出した。


Sense of wonder - 不思議の家系の物語-
﹁森の小さな灯﹂より

*Нада: (ナージャ) は Надежда: (ナデージュダ) の愛称、ロシア語で
「希望」を意味する女性の名前。

 

 

 

「小さな」シリーズ - -
小人の想い
はいいろオオカミ+花屋 西別府商店

オリジナル商品

「小人の想い」のショートストーリー



小人の想い
 

 毎朝、目を覚ますと枕元に増えてゆく、なんとも小さな小さな花束。
姿の見えない小人の小さな想いが花束となって私の元に届けられらる様になり、既に40日目の朝を迎えていた。

 姿の見えない[何か]を私が[小人]と断言するのには、理由がある。
それは今日から約二月程前、秋晴れがとても気持ちの良い朝のこと、前日まで続いた強い風雨がまるで嘘だったかの様に、この静かな森には暖かな陽射しが注がれていた。
 

 木漏れ日の中にふと目をやると、大きな切り株の上に他の木の幹から落ちたらしい少し大きな枝が横たわっていた。
私はそれを何の気もなしに退けて、その切り株に腰掛けた。
森で採集した木の実をハンカチーフに広げてみたり、冬ごもりの準備だろうか、せわしなく動き回る鳥たちの様子を眺めたりして半刻程の時間をそこで過ごした。

正午を知らせる鐘の音を遠くに数え、切り株から立ち上がると、そこにはどこまで続いているのか先が見えない、二寸程の穴が空いていた。
なんとなく気になりその穴を覗き込んでみると、遠くに小さな灯りの様なぼんやりとした光が瞬いていた。
私は少し驚き身を引くと、小さな風鳴りに混じって「спасибо-ありがとう-」そうとしか聞こえない音を私は耳にした。
 

 その話を家に帰って母親や友人にしてはみたが、誰にも信じてもらえず、しばらくして私自身もそれは勘違いだと思う様になっていた。
ところが、ある日、私が目を覚ますと枕元に人が作ったとは思えない小さな花束がひとつ置かれているのを発見したのだった。

私はその時にあの森で起こった出来事が夢でも、幻でもなかったことをはっきりと確信した。
しかし、その時にはもうこのことを誰かに話そうという思いも不思議となくなっていた。
 

それから毎朝、私の元には[小人]からのささやかな贈り物が届く様になった。
 

 雨の日も風の日もそれは休むことなく、私の元に届けられた。

雨の日は花束を作る素材に窮するのか、小石や不思議なものが混じっていることもあった。
私は届いた日にちごとにその花束を木の板に留めて保管することにして、良く晴れた日は白い板に、雨や風、雪など天候の悪い日は黒い板にそれを留めた。

一方通行ではあるけれど私たちはその交流をひとつの儀式の様な厳かさを持って遂行していたと思う。

この儀式がいつまで続くのか、そんなことを考えない日もない訳ではなかったが、私はこの[小人の想い]を毎朝受け取ることが日課となっていた・・。

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 と、私はここまで読んで、先日亡くなったばかりの祖母の日記を閉じた。
祖母の大きな秘密を知ってしまった様で、(あのおおらかだった祖母は「それ」をささやかな秘密と言うかもしれない。)いたたまれない気持ちになった。
そして、私は目の前に山積みになっている、木箱の中身を伺い知ると呆然と立ち尽くした。

Sense of wonder -不思議の家系の物語-より

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小さな森
はいいろオオカミ+花屋 西別府商店

オリジナル商品。

「小さな森」のショートストーリー


 

小さな森
 

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。
 

 私は未だ見ぬ植物に憧れを抱いて、志を同じくする学者と共に航海へ出ただけなのに・・。
転覆した船から投げ出された、無数の植物の残骸と、ただひとり辿り着いた孤島で、私はここ数日の出来事を回想していた。

 私は幼少の頃から植物、殊に原始的なものや野草が好きで、将来は植物を研究する学者になることを夢見ていた。
だからこそ、世界の情勢がますます不安定になる中で、この調査団に同行出来ることになったときは心の底から喜んだものだった。
 

しかし、実際は植物の調査というのは建前で、現地では略奪まがいの行為や、植物とはおよそ関係ないと思われる任務に就く時間の方が長かった。
そんな生活に疑問を抱く中、同じくただ植物に触れることを求めて調査団に加わった数人の仲間とともにあの「森」を見つけたのだった。
 

 そこには私たちが見たこともない植物が溢れており、任務の合間を縫っては採集を続ける日々を過ごしていたが、残念ながらその幸福は長く続くものではなかった。

そして、あの日、私はいつもの様に任務を終えて「森」に向かっていると、遠くに重機を稼働させている音が聞こえきた。
通い慣れた道を急ぎ足に近づいて見ると貴重な植物の宝庫であるその「森」が今まさに薙ぎ払われいる姿を私は目の当りにしたのだった。
私たちの活動は見逃されていたのでも、見過ごされていたのでもなく、常に見張られていたことに、そのとき初めて気付かされた。
 

 それからの出来事は私自身も朦朧としていて、あまり記憶は定かでは無い。
一緒に採集に励んだ仲間たちと数人で、夜明け前に調査団を抜けだし、追われる身となりながらも命からがらに船を駆り大海へと抜け出した。
本国に残してきた家族や植物を愛する者たちにあの「森」で採集した植物を届けたい。その一心で一か八かの賭けに出たのだった。
 

そして、私はただひとり残された。
 

 これから私はあの「森」で採集された植物の断片をテラリウムに詰めて海へ放とうと思う。

誰か植物への愛情を持った人の手に渡ることを願い、
「Сохраните этот маленький лес (この小さい森を大切にしてください)」というメッセージも一緒に詰めた。
 

どうか、私のこの願いとあの失われた「森」が人々の元へと届きます様に。
 

親愛なる「私が見ることの出来ないあなた」へ。

 

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これは私の曾曾祖父が世に残した一通の手紙。
心ある人の手に渡り、私たち家族の元に帰ってきたという。
植物のテラリウムは長い間、海を渡ったせいですっかり干涸びてしまったけれど、貴重な研究材料になったものもあるらしい。

その無数の標本は、我が家系の不思議な「遺産」とともに今も静かに納屋に仕舞われている。

 

Sense of wonder -不思議の家系の物語-
「小さな森」より

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