はいいろオオカミ+花屋 西別府商店
森の小さな鏡

はいいろオオカミ+花屋 西別府商店

オリジナル作品 第五作目

 

 

森の小さな鏡
  
土を掘り返して出来た小さな穴、そこに猫が踞るように横たわっている。涙で霞んだ視界で眺めるばかりで、何も出来ずにただ茫然としていた私を横目に、彼は手際良くその穴に盛り土をすると優しく声をかけてくれた。
「君のすぐ側にいつも僕はいるよ。それを忘れないでいれば、またすぐに会えるからね。」
彼が言っているのか、私の猫が言っているのか、どこかで聞いたことのある言葉の様な気がしたけれど、私はとても安心して泥の付いた手でそのお墓に向かって小さく十字を切った。私が読み書きをする歳になると、それをどこで聞いた言葉かは、すぐに判明した。なぜなら私はその言葉の書いてあるものを、いつも肌身離さず持ち歩いていたのだから。

 

「先に言っておくけれど、私たちの家系の不思議なお話はこれで最後になるからね。よく聞いておくんだよ。」

 

私は工房に入るなり、細かい木屑を少し吸い込んだのか、小さく咳き込んだ。窓辺の机に向かって小さな木箱に鉋をかけていた叔父が振り返って眼で合図をする。視線の先には届いたばかりの鏡が仕分けもされないまま、無造作に置いてあった。
私はこの国営工場で木箱に鏡を貼り付ける仕事をしていた。
全ての食料品、生活道具までが配給で賄われるこの国では、叔父のこの小さな工房も国営の工場ということになる。
もちろん、全く良い時代ではなかったが、その生活にも少し慣れてきた人々は、与えられた仕事の中で自分を楽しませること、人を楽しませることを忘れないでいた。
隣の工房では配給で配られる木の器に焼き絵を施していたし、私が鏡を貼り付けるこの煙草の箱も鏡など全く不要な代物だったが、そうすることで私の仕事を作ったり、ちょっとでも良いものを作りたいという叔父の気持ちの現れだったのだと思う。
私は工房での配給品製作の傍ら、私たちの家系が残してきた不思議な遺産の数々を後の世に残すための工夫を始めた。
世がこんな状況になっても私はその遺産が物語る不思議な世界のことを信じていたし、私のすぐ側に温かく見守る影の存在をいつも感じていた。
工房の鏡とその遺産を組み合わせる毎日。あるものは小さな美しい森と泉をその鏡に映し、あるものはせっせと花を束ねる小人の姿を、またあるものは空に瞬く天体を映してくれた。

 

「こんな話をしてみたところで、すぐには信じられないと思うから、あなたにもいつかきっと分かるお話をしておかないとね。」

 

いよいよ迫った戦火から逃れるため、私たち家族は遠くの親戚を頼りに疎開をすることになり、急いで荷造りをする中、私は作りかけの鏡をひとつだけ持っていくことが許された。これは完成まであと一歩というところで工房での仕事が無くなり、手を付けられずにいた最後の一枚だった。
何かに導かれる様に難を逃れて旅路を進める中で、私はその鏡をやっとの思いで完成させた。すると、そこには私の顔を覗く、青い瞳の一人の男が映っていた。それは私にしか見ることが出来なかったが、確かに写真でしか見たことのない私の父の姿そのものだった。
生家の地下倉庫にはそれまで作ってきた無数の鏡が今も眠っているはずだ。私が信じて垣間見てきた世界を知ってもらえればと、順番にラベルを付けてメッセージを残してきた。

 

「お誕生日おめでとう。私が持っていたこの最後の一枚は、今日からあなたのものよ。」


森の小さな鏡 - Nadezhda petorovna L. -


いつもあなたの近くに不思議な世界への入り口は存在しています。


あなたにはそれを決して忘れないで、いつまでも過ごして欲しいです。

 

Sense of wonder -不思議の家系の物語-

 

私が昔、祖母にしてもらった話をここまで詳細に再現出来るのは、最近になって祖母の手記が見つかったから。
祖母の語り口を思い出しながら、この手記を原稿にするために、今、私はパソコンの画面に向かっている。
「不思議の家系の物語か。これが全て実話だって、君は信じているかい?」肩越しに彼が声を掛けて来た。いつも私の窮地には彼が側にいてくれた。そして、もし「いいえ。」と答えれば、彼とは二度と会えなくなると、私は随分前から知っている。
向かいの高層ビルのガラスに反射するこのオフィスにも、私の目の前で暗くなったディスプレイの画面の中にも、彼はいない。


祖母から譲ってもらった鏡の中で、満足そうに笑みを浮かべる彼の青い瞳に私は黙って頷いた。

 

 

1日一回は見る日常の道具の鏡、ここに植物があったら、不思議な世界への入り口になるんじゃなか...

そんなことを考えながら製作した5作目のオリジナル作品。

今までの作品製作で培ったものが全て込められています。

ストーリーもいままでのお話を一度、総括する内容となっています。

 

もし良かったら、小さな森から森の小さな灯までのストーリーと合わせてお楽しみください。

 

1作目〜4作目 STORY

 

植物と古道具

はいいろオオカミ+花屋西別府商店

 

 

 

「小さな」シリーズ - -
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